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参加者募集!!! |
阻止船に乗る人、海上のやぐらおよびテントで座り込みする人が必要です!!! 少ない時間でも、行動できる人は集まってください!! あなたが行動することで現場の状況は変わる・・・・!! どうか、よろしくお願いします!! 辺野古に来てください!!! |
海上行動用のダイビングスーツも募集しています。使わない物があれば、是非ジュゴンの家の住所まで送って来てください!!お願いします・・・!! |
海上調査阻止行動のための緊急カンパのお願い!! | |
現在、辺野古ではボーリング調査を阻止するための阻止行動が行なわれています。とりわけ「海上調査阻止行動」が重要になっています。リーフ外での防衛施設局の調査を阻止するための行動船を調達するための資金が圧倒的に不足しています。 今すぐに数100万円の資金が必要です。全国の皆さんに緊急カンパをお願いしたいと思います。皆さん応援をよろしくお願いします!! カンパを振り込まれる際は、下記の口座にお願いします。(このカンパのお願いは「ジュゴンの家」が、「命を守る会」を応援する気持ちで独自でやっています。振り込まれたお金は、辺野古でのボーリング調査阻止行動のために使われます。) | |
●郵便局 17040−14225611 西 陽子 |
国会前座り込みホームページヘ!! |
ボーリング用のやぐらが珊瑚を破壊・・・!! 3月17日(木)にきた台船を留めるために、荒波の中無理やり降ろしたアンカーが、 再びサンゴを破壊していた。 海底に潜った夏芽さんたちが撮影した写真が見られます!! ここをクリック!! |
「名護街宣大作戦!」のお知らせ 名護市民は辺野古に注目しています。でも、なかなか現場に来ることができない、きっかけがつかめないという人達のために、辺野古の現場でおこっていること、今、名護市の全体の力が必要だということ伝えに名護市街へ出て行きませんか? ☆飛び入り大歓迎!! 一緒にビラまきをしたい人を募集しています。 私たちは毎週土曜日、海上行動隊、海人のマイクアピールや 14:30 「じゅごんの家」集合!!(名護市城2−13−2) 15:00 為又・「洋服の青山」前で街宣開始! 17:00 「じゅごんの家」でミーティング |
座り込み505日目 | ||
強風のなか事務所の様子を見に行った。午前9時前すでに頼もしいおじさま2名が事務所前で座っていた。 | 台風なのに自転車で登場。もしかして座り込み皆勤賞? | |
強風のせいでフェンスのリボンが破れてしまった。台風明けはカヌー練習やらリボン作りやらとっても忙しくなりそう・・・。 | 辺野古の海が荒れてます。漁港内にも波が立つほどです。 | こちらは西海岸。こんなに荒れているのに海の色は美しい。 |
じゅごんの家日誌 | ||
今日の夕ご飯はあやちゃん作のバンバンジー!! | ||
夕食後、真面目にじゃれる二人・・ | 仲がいいんですよ、本当は。 | そして、疲れる二人。 |
座り込み503日目 | ||
台風14号接近。テントの撤収に引き続き今日は事務所も台風対策。 | 事務所入り口の補強。汗びっしょりになりながらご苦労さまです。 | 事務所前の日よけも外します。 |
パイプによじ登りサルのように身軽に動き回る兄さん。頼もしい。とってもとっても頼もしい。 | すっきりしました。 | すっきりしたころ大西さんがイカの刺しいれを持って登場。続いて琉球大学のみなさんも。 |
さばき方を教え、「まあ、わいわいやってくれ」といい残し、イカの主は去っていった・・・。「こんなんでいいのかなぁ」とぶつぶつ言いながらイカの煮付けに挑戦。 | ||
イカの煮付け大成功!!差し入れのモロヘイヤで味噌汁も。 | 意外な人が作ったお昼ご飯に、お美味しい美味しいと感激しながらいただきました。 | 台風14号、この沖縄に被害はもたらさないでくれ。でも作業ができない程度に小さく渦巻いているくらいならいいかも・・・! |
第17回 名護街宣大作戦決行!! | ||
今日のガイセンは、「やぐら撤去の後も基地建設は終わっていない」ということを訴えます。 | 台風の前の強風の中、なる君が、旗を掲げて訴えます!!わざわざ車を止めて手を振ってくれた方もいたそうです! | 辺野古の阻止行動について話す。 車で通りかかるたくさんの人が目を合わせてくれます。やっぱり音を出していることは注目を惹きます。 |
今日は、昨日テントで作った看板を体にかけます! 名護市民の方からのアドバイスや、何のチラシを配っているのかが車の人にわかるようにと思ってみんなで作りました。 ←それぞれの思いを書きました!→ 看板をつけていると、注目度抜群! 車で通りかかる人がみんな看板を見ます。! |
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裏はじゅごん!! | ||
(昨日のテント村・・ 海ではやぐら撤去が行われる中、陸では着々とガイセンの準備が行われいたのでした。) |
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車の中から、ガイセンメンバーに差し入れ!!おいしい魚フライ!! | 雨が降る中でも必死に訴える。 | |
今日の参加者は16人! あいにくの雨でしたが、テント村からたくさんの方々が来てくれました。 女性の方からカンパをいただきました!ありがとうございます!→→ |
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しんくん日誌 | ||
9月3日(土) ・台風のため作業はありませんでした。 〜今日の辺野古〜 今日は午前8時から台風対策のために事務所に集まりました。 事務所前は激戦の海上行動を支えるためにあらゆるものが置いてあります。台風のため、全て撤去しなければならないので朝から大忙しです。 沖縄の台風は直撃するとものすごいです。風速は50メートルに達する台風もあります。「台風が来るとヒージャー(ヤギ)が飛ぶ」とおばぁ達から聞かされたことがあります。とにかく色々吹っ飛ぶので沖縄の台風対策は一生懸命やります。 午前12時ごろにはやっとこさ片付き、昼ごはんを食べながらひと段落。 次は阻止船の台風対策。 色々なロープワークを駆使して、地面から浮かないようにします。下手をすると船自体が浮き上がり横倒しになってしまう可能性があるからです。 ゴムボートは空気を抜いて台風対策をしました。 午後からは台風にも関わらずおばぁ達が座り込みに来ていました。 一息ついてから名護街宣大作戦へ。 〜名護街宣大作戦〜 名護街宣行動は回を重ねるごとにビラを受け取る人からの反応は良くなっていきます。 名護議会議員の大城ヨシタミさんの話。 「この間、ふいに市民から声を掛けられました。"街宣のことなんだけど"と言われ、文句を言われるのかと思っていたら"辺野古を訴えることは大いにやって欲しい。とても応援している。ビラを配っている人達が辺野古と分かるようにゼッケンか何かを見につけて欲しい。それを見て車からビラを受け取る方々も配慮するはずだ。"と言うのです。言葉で伝える努力がじょじょに伝わってきていることをうれしく思いますよ。」とのことでした。 それを聞いて今回から首からかける辺野古へのそれぞれの思いを書いたボードを作りました。 すると、すると、すると!! 今日の街宣行動の人々の反応がまるっきり違うのです。 車を脇に止めて受け取ってくれる方や「こっちにもビラをくれ!!」と手を出す人も。カンパを渡してくださる方もいました。 16名が参加した今日の街宣行動で全員がそのような反応を受け取り感動していました。 ビラを受け取った方で「辺野古でがんばっているおばぁ、おじぃのことやあんた達のことを思うと涙が出る。私も自分の出来ることを精一杯やっていくからお互いにがんばろうね。」と涙を流してくれた女性には私も感極まって涙が出ました。 道行くおばぁ達は「小泉をテレビで見る度にぷりぷりしているんよ。怒りがこみ上げてくるさ。この空を爆撃機で汚したくはない。」「あんた達を戦場に送るわけには絶対にいかない。わったーは絶対に基地は要らないと思っているよ。わったーもがんばるからあんた達ニセーターもチバリヨ!!」と声を掛けてくださいました。 名護市民投票で「基地は要らない」と政府にたたきつけた名護市民は今もその思いを誇りとして名護で生きています。 生活の中であらゆる政府からの圧政がある中で名護市民は「基地建設を止める、なくす」ことをあきらめてはいません。沖縄の人々は「基地は要らない」と声だかに叫んでいます。 私は名護街宣に参加してもっと名護の人々の思いを知り、怒りを知り、生活の中で共に生きる中でその立場にたった言葉で訴えて行きたいと思いました。 伝えきれないのでジュゴンの家のホームページを通してその感動を全国の皆様にも知っ ていただきたいです。ぜひ、ジュゴンの家のホームページを見てください。 ジュゴンの家のホームページ→http://dugong2003.fc2web.com/ |
座り込み502日目 | ||
今日はヤグラの撤去の監視のため 朝から各ヤグラに向かいます。 |
第3ポイントに到着。 | これで第3ポイントともお別れ。 この1年間色々なことがあったけど ついに撤去されるときが来ました。 |
約10ヶ月間、辺野古の海に立ち続けたやぐらがとうとう取り外される。 | ||
←お昼休み→ | ||
約10ヶ月ぶりにヤグラが撤去されました!これはとても喜ばしいことです! しかし、海上からヤグラはなくなりましたが、基地建設計画自体がなくなったというわけではありません。 来週からはまた1年前のようなカヌーでの阻止行動になると思います。 もうこれ以上ヤグラを設置させないために、これからも今まで以上にがんばっていきましょう! そしてこの基地建設計画を白紙撤回させましょう!! |
じゅごんの家日誌 | ||
昨日の一枚。ダンボールに入り決めポーズ! | 本日のお昼ごはん。先日お客さんからいただいたグレープフルーツ。 | 最近やたらと蝶がお店に迷い込みます。 |
宮里のお客さんからすてきなカウンターチェアの寄付。 目をつけたお客さんが「これいいわねぇ」と座ってみる。早速お買い上げ!!残り1脚!欲しい人はお早めに! |
シンさんの辺野古日記 ヤグラ撤去〜カヌー隊再結成へ。 | |
9月2日(金) ・防衛施設局が建てたボーリング調査のためのヤグラが台風の影響で今日一時的に撤去されました。 〜海上〜ヤグラ撤去 昨日の時点で辺野古漁港の作業船が台風のさなかなのにも関わらず降ろされ、これは「ヤグラ」の撤去てせはないかという話がありました。 作業船が降ろされたことで今日の辺野古は朝から警戒していました。海上は風がじょじょに立ち始めている状況で危険でしたが、ヤグラにも午前8時ごろから座り込みのために人がのぼりました。 午前9時頃、テント村本部から「テント村に防衛施設局員と業者の責任者が来た」との連絡が入ります。 無線の連絡では 「今日はヤグラの撤去を行いたいとのことで交渉に来ている。ヤグラの撤去の時には人は下りてほしいということと、漁港を資材を一時的に置く場所として使わして欲しいとのことも要求された。」 今日は撤去以外の作業は絶対に行わないことを約束させ、海上行動隊は監視のための最少人数を阻止船と共に残して全体が引き揚げることを決定しました。 漁港を一時的に使うことに関しては他の作業では絶対に使わせないことを通告した上で"今回に限って"OKしました。 作業は第五と第三から始まり、二つのヤグラの解体に午前10時〜午後2時まで費やし、さらに第一と第二の解体も続けて行われ最終的に午前5時ごろまで作業は続けられました。 この作業を監視していた私の感想ですが、確かにヤグラはかなりの劣化が起こっており、クランプ(単管の接合機材)をトンカチなどで叩くといった作業もありました。単管自体も曲がっているものが幾つもある状態でした。 ただ、ヤグラ自体はまだ持つように思えました。前に反対している人でこのような仕事をしている人に見てもらった時は「このヤグラでの作業は十分に行える。半年は絶対に持つだろう。」との判断をいただきました。 その通りだったと感じています。 〜ヤグラ解体について〜 ヤグラを解体させたことは私達の阻止行動によって基地建設に伴うボーリング調査を完全に止めていることが証明されたことになります。 しかし、施設局は解体作業の交渉の際に「ボーリングヤグラは必ずボーリング調査のために必要だ。私達は必ず新しいヤグラを建設する。」と言明しています。 つまり、状況は私達が止めきっていることを証明していますが、阻止行動を続けていくことに何ら変わりはなく、辺野古の基地建設を完全に止めるにはまだまだ多くの人達の力と支援、全国での行動がもっともっと必要だということを示しています。 来週から始まると思われる新しいヤグラ建設をさせないための行動に多くの人達が参加されることを切に願います。 そして前回の新しいヤグラ建設時のような施設局(国)の暴力を許さない、基地建設を今すぐ白紙にしなさいという行動を声を全国から政府へぶつけていかなければなりません。 それが海上で命がけで闘っている人達を守る行動だと考えます。そして全国で現在も行動を続けている心ある人々が私達と同じ海上で立っているという思いでいてくれたらとてもうれしいです。 防衛施設局はこの間、各漁村を回り、「辺野古の作業船としてチャーターされないか」といった宣伝をしきりに行っています。この時に備えてだったのかもしれません。 現在、私達はカヌー隊を再結成し、新しいヤグラ建設の闘いに備えています。そして多くの海人達が海上に集まることでしょう。 |
今日の悦美さんのファッションは、全て手作り!手縫い!そしてなんとやぐらに上っている時間につくったもの!やぐらに上っている時間を生産活動にあててしまうなんて流石です。 | 今日の昼ご飯はそうめんです。 差し入れでいただきましたー!!ごちそうさまです! | ||
上等な三線をもらって上機嫌なまんちゃん!いいものはへびのウロコが大きくて良く響くそうです。 | 東京のOさんからいただいたカンパを祐治さんにお渡ししました! ありがとうございます! |
じゅごんぬいぐるみに初挑戦。 とってもかわいく出来ました! | |
大阪からなるくんとヒサがじゅごんの家に到着!! お米と梅干しのおみやげをいただきました! |
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琉球新報の「論壇」に辺野古のコラムが載りました。 | |||
名護市辺野古の座り込みは8月31日で500日になりました。 もちろん「戦やならん」の思いで地元のおじい、おばぁたちが座り続けてきた2639日があることはいうまでもありません。2月に再編、見直しの記事に始まり、次から次へと出てくる、県内移設、基地のたらい回し。 そして伊芸の都市型訓練施設、新防衛施設庁長官の米側の視点に立った言葉に怒りがこみ上げます。住民をあまりに無視し続ける日米両政府、もう、沖縄のどこにも基地はいらない、とひとつの思いになっていい時期にきているのではないでしょうか。 一人でも多くの人たちに辺野古に足を運んでもらいたい、一緒に新基地を止めたいという若者たちが、毎週土曜日、名護市街宣を始めました。暑い1日、私も参加、為又の交差点で信号待ちをする車の一台一台に呼び掛け、そしてビラを渡します。エアコンの効いた車の窓をわざわざ開けて受け取ってくれます。驚くことに97・8%の車が受け取ってくれます。 なかには「ご苦労さま」「申し訳ないですね」などの声を掛けてくれる。ヤマトゥでは考えられないことだ、と若者たちが感激している。私もそう思い満足しそうだった。今回で14回目の名護市街宣、西海岸の人たちにも辺野古の海を一緒に守ってほしい、座り込みに来てほしい、その願いは今のところあまり通じてはいないようだ。 1997年の住民投票で勝ち取った名護市民の意思は心の深い所に押しやられてしまったのかもしれない。しかしもう一度呼び戻してみましょう。もうそろそろ行動に移してみませんか。日々の生活、目の前の幸せ、もちろん大事です。しかしその幸せを脅かされている人たちがいます。 先日、イラクのフリーカメラマンでジャーナリストの方の話と映像を見る機会がありました。海上のやぐらにいると、目の前の浜で海兵隊が演習をしています。あの兵士たちがイラクに行って殺戮をしていると思うと胸が痛んだのは私だけではないはずです。 新基地を止めるだけで精いっぱい、ここから出て行く兵士たちを止められず申し訳ない、と彼に言うと、あなたたちの行為は素晴しい尊敬に値する、自分でもできることなら一緒に座りたいと言った。もうこれ以上、イラクの人々を苦しめるのはやめてと叫びたいです。 名護市に続き、那覇市でも毎週金曜日、辺野古までなかなか行けない若者たちがパレットくもじ前で街宣を始めました。読谷村で、そして全国各地で、ヤマトゥの若者たちは目の前の小さな幸せを犠牲にし、ウチナーンチュの怒りとともに、今やることに意義を見出しているのです。この若者たちの心を受け止め、基地のない平和な未来の沖縄を願わずにはいられません。 (名護市 阿部 和子) | |||
晋くん日誌 | |||
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沖縄・名護・辺野古の美しい海を埋め立て作ろうとしている新しい軍事基地建設を止めさせるために、おばぁたちが座り込みをはじめてから8年と200日以上。その怒りを正面からうけとめもせずに国は、ムリヤリ、かなりボーリョク的に着手し、調査のために建てられた5コのやぐらは、すでに海中のサンゴをふみくだいている。日本の各地で、世界で、この基地を作ることに対し、抗議の声がうずまいているとゆーのに。 今、辺野古では、陸上での座り込み、海上・海底でのカヌーや船を使った阻止行動がつづけられており、那覇、大阪、京都、名古屋、東京では座り込みなどで辺野古のことを訴える活動が広まっている。これらを通じて辺野古を知り、これをじぶんの問題として重くうけとめた若者たちが辺野古にあつまり「カヌー隊」として活躍しはじめているところだ。 弟のシュウは、船の免許をとり、「阻止船」を操縦している。巨大な作業船が辺野古に現れた日、通らせまいと、台船の進路に立ちはだかったが、台船は停まらず、シュウの船は何十倍もの大きさのその船に突撃、間一髪転ぷくはまぬがれたという。数年まえまでいわゆる「不登校」だった弟は、幸運なきっかけを得て、沖縄に行き、沖縄のかかえる問題を知り、辺野古のおばぁ達に出会った。おばぁ達に、学校では教えてくれないいくつものことをおそわり、「戦(いくさ)やならん、命どぅ宝(ぬちどぅたから)」とおそわった。これ以上、おばぁたちに、基地を苦しみを座り込むことをおしつけたくない、たった1人になってもここに立って止めよう、命をはってでも、と決めた。しかし、台船にぶつかる瞬間、シュウの頭をよぎったのは「かならず、生きぬいて帰ってきなさい、なにがあっても」という、おばぁのコトバと、大切な人たちの顔の走馬灯。死ぬわけにはいかない。なにがあっても生きていること、それ以上に価値あるものはない。おばぁの言葉の意味すること。弟の死がもたらす悲しみは、おばぁたちをも殺しかねないのだ。 恋人のユウスケは、カヌー隊で、海上でのすわりこみをするため、名護でくらしている。ある日、仕事をやめ、彼は「辺野古に行こうと思う」と言った。それは、唐突ではあるがまるで必然のようだった。生活=お金のための生活をやめて、イメージに近いほうを選ぼうとしていたユウスケ。辺野古のことは知っていた。基地ができれば、もちろん自然はこわされ、それ以上に人がたくさん死ぬ。ねがいは、ただ、「幸せになること」。だからこそ、目の前に見えている脅威を見てみぬふりをして自分を偽ることはできない。ほんとうに幸せになりたいから、止めに行く。それが、ユウスケのイメージだ。ものすごくシンプルに、「好きな人を失いたくない、悲しませたくない」から、この不穏な世の中の流れを止めるために動く、その中でいま1番焦点になっているのが辺野古だったのである。 東京の国会前座り込みで知り合ったアユさんは、バッグパッカーを夢見てお金を貯め、その仕事をやめたばかりで辺野古へ行き、今のところ彼女の旅は辺野古でとどまっている。 カズマサ君は、仕事をやめてから、地元・名古屋と辺野古を行き来し、名古屋では街頭アピールなどで広め、辺野古では、はげしく船酔いしながらも必死で阻止行動をしている。 サチコは施設局側の作業員との攻防で1度、指を3cmきり、流血したが、今日も笑顔で海に出て行き、カヌーをこいでいる。 彼らは全員20歳代だ。若いからと言って失うものがないわけではない。仕事も、恋人もギセイにしてきている。 家族や友人の理解が必ずしも得られるわけではない。経済基盤も保障ももちろんない。 彼らはなにも好き好んで「たたかい」に来ているのではない。それぞれの意志で来ているのは確かだが、闘いたくて 闘っているわけではないのだ。ほんとうなら、好きな人と好きな場所で心おだやかに暮らしたい。 世の中が本当に平和なら、やりたいことは他にもっとある。 それでもかれらが辺野古に来るのはなぜか。 どうしても、今止めなければならないから。 人の命をなんとも思わない人々がゆるせないから。 命が大切と言うことだけは、どーしてもゆずれないから。 私自身は東京で店を持ち、そこから発信していくために東京でやることに決めたため、辺野古には行けない。 先日も顔を蹴られるなどの暴行をカヌー隊メンバーが作業員から暴行を受けたとの報道があった。 東京で、はなれた場所でそのようなニュースを耳にすると、怒りとかやりきれなさが体中をうずまいて いてもたってもいられない気持ちになります。今すぐにでも辺野古に行きたい。 ケガさせられたり、あるは殺されたり、捕まったり。自分の大切な人がそんな目に、いつ合わされるか分からない状況 の中で、日常をおくらなければならないのが辛い。はなれていて手と足もだせない、叫んでも届かないのが辛い。 ものすごく個人的な話ではある。 でも、自分の大切な人のいのちが大切なのは、誰でもあてはまるはずである。 自分の周りの人を大切に思うことと、戦争をなくそうと思うことは同じことだ。 大切な人が死んだらイヤだ。だから 戦争はやめよう、基地はいらない。 足りないのは、あと少しの想像力。イラクやアフガニスタンで、パレスチナで、亡くなった人々の周りの気持ち。 周りの人々のきもち。悲しくないわけがない。怒りがわいてこないわけがない。 もう一度 問いかけます。辺野古の若者たちの「命を守るたたかい」にあなたは何を思いますか。 |
私たちは、辺野古で闘う若者たちの友人・知人・家族として、彼らの生活を支えるためのカンパを訴えます。 彼らが心置きなく行動するためには、1人・1ヶ月の生活資金・5万円ぐらいかかります。5万円×5〜6人を毎月作りたいと思っています。 東京の「街」では、できるだけ多く地域の人たちが参加してくれるために「100円カンパ」を始めました。 家族会も結成されました。 ご協力をよろしくお願いいたします。 |
太田武二(命どぅ宝ネットワーク)、ヨッシー(友人)、佐竹周一(友人)、中馬由紀子(友人)、中野高(友人)、富田直子・剛・翔子(家族会)、赤羽則子(家族会代表)、ハネやん(家族会)、末木(家族会)、 1/15 現在 |
郵便局 10020−84023361 | |
赤羽 則子 |
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